試し読み 小説「愛してメトロ」四つ橋線

 美咲は腕時計を気にしながら、雅彦の待つ店へと急ぎ足で向かっていた。

 (結愛<ゆうあ>ちゃんのおかげで、40分もおしてもうたわ・・・)

 今日は定時きっかりで上がろうとデスクで帰り支度をしていると、後輩スタッフから、任せていた案件の相談を受けてしまった。
 あれやこれや小言やアドバイスを送っていたので、待ち合わせの時間に少し遅れそうだ。
 その後輩スタッフというのが野上結愛。美咲の直属の部下になる。入社3年目だが、とにかく最近の子は名前の読み方がわかりづらい。
 仕事を一緒にしていく中で、「今どきの若い子は・・・」とは言いたくはない。自分たちの世代の価値観を押し付けるのはよくないと思っているし、何よりそんな言葉を口にすると自分が「オバさん」になったみたいでいやだ。
 とはいえ、結愛ちゃんは25歳、今年45歳の自分とは親子ほど違う。そのせいか、仕事の進め方というか、考え方がどうも違う。自分で一手先を進んでやる能力というか、その姿勢がない。
 さっきだってそうだ。何を指摘しても「だってそんな指示、あの人から受けてないですし。勝手に判断して進めたら、それこそ怒られるじゃないですか。と平気で言うのだ。」
 なんだろう、間違っていないんだけど違和感を持ってしまう。
 昔から世話好きというか、何事も全力できっちりとしようとする所があるのは、自分でも自覚している。だから、あまりやり過ぎて「うっとうしい」と思われないように気をつけているつもりだ。
 でも彼女のあの仕事姿勢は、自分じゃなくても一言いいたくなるはずだ。もっとあれやこれやチャレンジしてみてほしい。その結果多少叱られるくらいでいいのに、怒られないために必要以上に動かないっていうスタンスがどうにも自分には理解できない。
 ダメだ。こんなことばっか言っていたらやっぱり小うるさい「オバさん」だ。それより今は彼との待ち合わせに急がなきゃ。

 肥後橋にあるオフィスを出てから四ツ橋筋をずっと北上して、堂島船大工通りの所で右に曲がる。
 この辺りは東京の銀座や六本木に並ぶ「大人の街」として有名な北新地エリアだが、”北新地”という地名は厳密にいうとない。堂島川に掛かる田蓑(たみの)橋、渡辺橋、大江橋の間のエリアを堂島エリアと呼び、その中で、四ツ橋筋、堂島浜通り、御堂筋、曽根崎通に囲まれた区画を曽根崎新地といい、それがいわゆる北新地である。
 テレビの映像でよく映し出されているのは、新地本通り呼ばれるメインストリートで、北新地の最も煌びやかな印象を象徴するように夜のお店が立ち並ぶ。それ以外にも四つの通りがあって、今美咲が歩いているのも南端の堂島浜通りから一つ上の通りである。この辺りにも有名どころ割烹など、多くの飲食店が立ち並んでいる。

 このビルだ。お店は確か階段を下りた一番奥の場所だったはず。
 扉を開けると柔らかな照明で、落ち着いた雰囲気。清潔感のあるキレイな木のカウンター九席に小さなテーブル席が一つのこじんまりとした割烹料理屋だ。
 

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