試し読み 小説「愛してメトロ」御堂筋線

 4月上旬のやや汗ばむ陽気のある日。新幹線新大阪駅のホームに、東京発ののぞみ号が流れ込んでくる。
 車両扉から大勢の乗客が降り立ち、改札口へのエスカレーターに向かってぞろぞろと進んでいく。その大半は黒っぽいスーツに身を包んだビジネスパーソンたちばかりである。
 山中恭介もその一人で、なんとも浮かない顔でホームを歩いていた。ホームの窓から見える駅前の景色を横目に眺めると小さなため息が出た。

 新幹線の改札口を出ると、次に目に入ってくるのが地下鉄の乗り換え案内だ。ここから地下鉄御堂筋線に乗って大阪市中心部に向かわなければならない。
 東京の場合、新幹線やJRの在来線と地下鉄が一つの「東京」という駅に集約される。つまり新幹線の発着駅はまさに「東京のど真ん中」なのである。東京駅を出ればそこに広がるのは、高く立派でお洒落なビルがそびえたつオフィス街だ。
 一方の大阪は具合が違う。大阪の中心部は大阪市北区の「梅田」から、南に4~5㎞ほど離れた中央区の「なんば」であるが、新幹線が発着するのはその梅田から淀川を越えて北に少し外れた大阪市淀川区西中島にある「新大阪」という駅になる。
 JR西日本在来線の主要駅「大阪」も梅田エリアにあり、大阪は新幹線の発着エリアと中心都市部エリアが異なるのだ。
 新大阪駅前にもホテルやオフィスビルなどはあるが、中心地の梅田から淀屋橋、本町にかけてのオフィス街に比べれると、ずいぶんと古く寂しい印象であることは否めない。
 恭介はこの新幹線を降り立った瞬間のワクワクしない景色が昔から大っ嫌いだった。そして新幹線を降りてから、こうやって地下鉄に乗り換えて中心地まで移動しないといけない点もなんだか気に入らない。新幹線を降りた瞬間から「首都東京」とのスケールの違いを痛感させられるようだからだ。

 地下鉄の改札口に近づくと、何やら見慣れない光景が目に入る。
 全体的に明るく小綺麗な印象に変わっていて、上には青い背景に白文字で「Osaka Metro」と表記されたロゴが掲げられていた。
 
 (そういえばずっと市営地下鉄と呼ばれていたが、何年か前、確か2018年の春に民営化したとかニュースで見たな。)
 その名前が通称「Osaka Metro(大阪メトロ)」だと聞いて、内心「東京メトロ」の二番煎じじゃないかと感じたことも思い出した。

 地下鉄と言っても、この新大阪駅があるのは地上で、駅ホームの両サイドを大阪市内と大阪府北部にある千里ニュータウンとを結ぶ道が挟んでおり、多くの車が行き交っている。
 エスカレーターでホームに上がると、そこは天井など一部がまだ駅改良工事の途中で、あちこちに古くて暗い感じが目につく。
 ホーム1番線の「梅田・なんば・天王寺・なかもず方面」という案内表示を見ながら、恭介はイライラした表情で列車を待っていた。

 (これからまたこっちで生活することになるなんて・・・)

 10日ほど前、この春から大阪本社へ転勤を命じられた。
 元々の創業が大阪だったので一応、東京・大阪両本社ということになっているが、実際のところ中核事業や本部機能はほとんど東京本社にある。
 入社した段階から、大阪出身の自分は大阪本社勤務になる可能性が高いことは理解していたつもりだったが、いざ本当に辞令が出た時はやはりショックだった。
 ましてや、前事業部での仕事にやりがいを感じていたし、上司や周囲の評価も悪くなかったという自負もある。それなのに急に大阪に行けだなんて。出身地だから「帰る」という言葉が正しいのだろうが、そう表現したくなかった。

 1番線に列車が到着した。車両の側面、扉横にも「M」の文字をあしらったOsaka Metroのロゴが貼られていて、12年前からたまの帰省以外、ほとんどこっちの地下鉄に乗らなくなったから、違和感があった。
 車内の座席に座り、12年前に大阪を出た時のことをポツポツと思い返した。

 (あの時はこの新大阪の景色とおさらばだと思っていたのにな・・・)
 列車はゆっくりと動き出し、大阪の街のど真ん中へと走り出した。
 

※つづきは、こちらから!

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